欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。

2017-01-01から1年間の記事一覧

齋藤史歌集『ひたくれなゐ』より

ひきつづき、齋藤史歌集『ひたくれなゐ』の五首選を。 『ひたくれなゐ』は史67歳の刊行。『魚歌』より36年を経ています。 テーブルの均衡を信じ居らざればグラスの水の夜をきらめく 水がきらめくのは水がかすかに揺れたからなのでしょうか。平行なテーブ…

齋藤史歌集『魚歌』より

過日、齋藤史歌集『魚歌』を読む会をしました。 齋藤史の歌への言葉にはしづらいさまざまな思いはありつつ、 備忘録として、会のために用意した私の五首選を。 ちなみにこのときは不識書院の『齋藤史歌集』を読んでおり、そこからは随分多くの歌が抜けている…

塔12月号より

幾万のねむりは我を過ぎゆきて いま過ぎたのは白舟のよう /吉川宏志「塔」2017年12月号 すうっと誘われるように午睡していたのでしょうか。あるいは一瞬意識が遠のくほどの眠気だったのかもしれません。それを自分を過っていく白舟に喩えてとてもうつくしい…

塔11月号より

みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて /梶原さい子「塔」2017年11月号 手漕ぎボートでゆく湖の、その水に主体のまなざしはあります。オールで漕ぐその動作はたしかに水面をめくるよう。水そのものに肉迫して描写する下句にもリアル…

塔10月号より

うたた寝のうちにひとつめもう過ぎてふたつめの湖きらきらと在る /小川ちとせ「塔」2017年10月号 ゆったりとした韻律、「ひとつめ」「ふたつめ」のリフレイン、平仮名にひらかれたやわらかい文体、それらが相まってうたた寝からさめようとするときのぼんや…

葛原妙子歌集『朱靈』

『葡萄木立』にひきつづき『朱靈』を読みました。 『朱靈』には『葡萄木立』以後七年間の、715首に及ぶ作品が収められています。 ◆見えすぎる目は遠のいて 雁を食せばかりかりと雁のこゑ毀れる雁はきこえるものを 水の音つねにきこゆる小卓に恍惚として乾…

葛原妙子随筆集『孤宴』より

私のもっとも好ましい歌のあり方を述べるならば、私は歌うことで訴える相手をもたないということである。故に歌は帰するところ私の独語に過ぎない。ただ独語するためには精選したもっともてきとうなことばが選ばれなければならないのである。 こうして私は、…

一首鑑賞〈一尾の魚〉

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき /葛原妙子『葡萄木立』 葛原妙子の有名なこの一首は、「たちまち水のおもて合はさりき」という新しいものの見方を提示したいわゆる発見の歌として読まれることが多いように思う。河野裕子は「言葉…

塔7月号作品2より②

喋るときひとの唇ばかり見る娘は弦のように座りて /石松佳「塔」2017年7月号 そのまなざしは、話す主体を射すくめてしまうほどまっすぐなのでしょう。「弦のように」という喩が魅力的で、繊細な感情をはりつめるようにして見つめる娘の姿が浮かんできます。…

塔7月号作品2より

何げなくドアを開けたら満開といふくらがりのさくらさくら /福田恭子「塔」2017年7月号 昼間にも気がつかぬままに、何げなくドアをあけたらくらがりのなかに桜が満開だったという、どことなく不思議でどことなく不穏な感じのする一首です。おそらく実景であ…

塔7月号月集・作品1より

つぎつぎに羽ばたくごとき音のして梅雨の駅から人は去りゆく /吉川宏志「塔」2017年7月号 梅雨の日の駅、人々が雨脚をたしかめ手元に傘をひらき駅を出てゆくほんのつかの間、雨、いやですね、とでもいうような気持ちのなかに互いに心をかすかにかよわす一瞬…

葛原妙子歌集『葡萄木立』

このところ葛原妙子歌集『葡萄木立』を読んでいました。次第に葛原妙子の世界に夢中になっていくのを感じながら読みました。(旧字は代用しています) ◆二つのものの生の相似を掴む比喩 あゆみきて戸口に鈍き海見えし猫は月光のやうにとどまる 飲食ののちに…

一首鑑賞〈アップルパイ〉

歩きつつアップルパイを食べているpost-truthの時代の中で /廣野翔一「浚渫」 一読してなにより印象的なのは、たたみかけるように重ねられる「あ」音のあかるさである。このあかるさは単純なあかるさではない。どこか作りものめいた雰囲気がある。なぜだろ…

塔5月号作品一首評より

いつまでをここにとどまるわたしだろう風が芒を逆立てて、秋 /中田明子「塔」2017年3月号 秋が深まると芒の穂は逆立てたように膨らみ、いっそう白くなる。いつの間にか春も、そして夏も通り過ぎて、今はもう秋。風が冷たい。それなのに私はまだこんなところ…

一首鑑賞〈ナツツバキ〉

ナツツバキ遅れてごめんと駈けよれば約束なんかしてないと言う /小川ちとせ『箱庭の空』 ちょうどこの時期、白くうつくしい花を咲かせる夏椿。夏椿は別名を沙羅ともいい、朝ひらき夕方には落花してしまうその儚さでも知られている。 この歌の主体にはそんな…

塔5月号作品2より

呼び方を変える過程で消えてゆくものはなんだろう呼ぶ声がする /紫野春「塔」2017年5月号 この膝をあふれてしまいそうなほど猫のからだのゆるんでおりぬ /田村穂隆「塔」2017年5月号 うつすらと眠ると言ひしわが乙女わたしの耳に言葉とねむる /千村久仁子…

塔5月号作品1より

細部を詠めという声つよく押しのけて逢おうよ春のひかりの橋に /大森静佳「塔」2017年5月号 詠むために細部に目を向けることを今はあえて拒み、もっと感情のままに本能のままにあろうとする、高らかな宣言のような一首である。その心にあるのは、短歌に対す…

塔5月号月集より

子の口のなにがさびしいゾウの耳キリンの角を交互に噛んで /澤村斉美「塔」2017年5月号 小さなわが子がぬいぐるみのゾウの耳、キリンの角を噛んでいる。おそらく母に見られているという意識はなくただその行為を繰り返している。その姿を外側から見ていると…

塔4月号若葉集より

口元のマフラーを少し湿らせて昨日のわたしを追い越してゆく /魚谷真梨子「塔」2017年4月号 ふかぶかと巻いたマフラーを吐く息に湿らせながら、主体はなにかを考えている。あるいはなにかを決意しようとている。そうして昨日の自分を乗り越え、昨日の自分よ…

塔4月号作品2より

ひとの眼はおほきな光しか見ない 刃はしづかに夜に研ぐべし /小田桐夕「塔」2017年4月号 ぞくりとするような凄みがある。刃をしずかに研ぐ姿に、他人に左右されないつよさと揺るがない自負からなる作者を垣間見るようである。みずからを磨き、やがては「お…

塔4月号作品1より

とりあへず、と前置きすること多くなるあなたと暮らし始めた冬は /田中律子「塔」2017年4月号 ふたりで暮らしはじめたことによりあらたに必要となるもの、そのひとつひとつに十分ではないけれどさしあたって困らないように対処していくのだろう。いずれもっ…

塔4月号月集より

白梅は見にゆかぬまま 読まざりしページのように日々の過ぎゆく /吉川宏志「塔」2017年4月号 読まなかったページとは、気にしつつ、その存在を意識しつつ、それでもなんらかの理由により読まなかった、読めなかったページであり、気にかけつつ見に行かなか…

一首鑑賞〈青いながぐつ〉

雪の中とりのこされた靴がある子どものための青いながぐつ /安田茜「default 」 雪のなかにとりのこされた青い長靴は、たとえば雪をみればうれしくてあとさきも考えず飛び出していった幼さそのもののように、あるいはそんな子を案じつつ見守る親心ように、…

葛原妙子歌集『葡萄木立』より

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき 水面にぐぐっと接近した、的確にして無駄のない景の把握。そしてそれにより、魚が跳ねた、というだけにとどまらない雰囲気が醸しだされる。 「この歌は、ことばが発見する景の新鮮さという点におい…

葛原妙子歌集『原牛』より

あやまちて切りしロザリオ轉がりし玉のひとつひとつ皆薔薇 ロザリオの糸が切れて手元から転がっていくいくつもの珠が、薔薇の花へと姿を変える、そのさまが美しく目に浮かぶ。ロザリオは聖母マリアへの祈りの場面で身につけるものであり、薔薇は聖母マリアの…

塔2月号永田淳選歌欄評に

縁うすきグラスをひとつ拭きあげてさびしさは指さきからくるもの /中田明子「塔」2016年12月号 グラスを拭いているときは、指先に意識が向かう。文字を書いているときや毛糸を編んでいるときもそうだ。作者の「さびしさは指さきからくるもの」という見解に…

塔2月号若葉集より

泣いている理由は言わず人型を満たせるように子の育ちゆく /八木佐織「塔」2017年2月号 思春期の子だろう。感情の襞をどんどん増やしつつ、けれど言葉数の少なくなるこの時期の子どもというのはまさしくこんな感じなのだろう。巧みな比喩だと思う。 たけな…

塔2月号作品2より②

夢のなかの金魚はレプリカわれら姉妹幼く餌をちらしてゐたり /千村久仁子「塔」2017年2月号 亡くなられた妹さんをたびたび詠まれる作者。この歌も妹を思う心が見せた夢だったのだろう。夢であるということ、まして金魚がレプリカであることに言いようのない…

塔2月号作品2より

夫の引く線うつくしく交わればすべて機械は線から生まれる /吉田典「塔」2017年2月号 設計図に描かれる線だろう。精密に描かれた設計図は、それ自体ひとつの芸術作品のようである。それが夫の手になるものであれば、それはなお一層うつくしく感じるのだろう…

塔2月号作品1より

ゆうぐれは機内にも来てたのしんだ?と友に聞かれるような寂しさ /朝井さとる「塔」2017年2月号 「たのしんだ?と友に聞かれるような寂しさ」が印象的。たのしんだ?とあらためて聞かれ、ああどうだったのだろう自分は、と振りかえるときのうっすらとした不…