欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。

〈眼窩〉

街は今日なにをかなしむ眼球なき眼窩のやうな窓々を開き 
稲葉京子『ガラスの檻』

〈われを包むガラス如き隔絶よこのさびしさに衰へゆかむ〉にみるように、この歌集には作者の生きて負う深いかなしみが一貫して流れている。それは〈まことうすき折ふしを織りふり返るわが歳月はうつくしからず〉のようにときとして作者自身の自己否定の感情にもつながってゆくものであるのだが、稲葉京子はそのことから目を背けることをしない。
掲出歌では街、すなわち作者の生きるこの世界が内包するかなしみに思いが及ぶ。「眼球なき眼窩」のそのくぼみは世界を受容する。目に見えるものだけではなく、目に見えないもの、見ようとするものにしか見えないもの、けれど厳然としてこの世界に、そして一人ひとりのうちに存在するものを受容する。それは生きることの真実を見つめている作者のひときわしずかなまなざしそのもののようである。