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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

藪内亮輔「花と雨」より

一首鑑賞 藪内亮輔

傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく
/藪内亮輔 第58回角川短歌賞受賞作「花と雨」

言われてみればたしかにひとは傘の先を下に向けて、それと同時にみずからもすこしうつむいて傘をひらく。
上句にはひとが傘をさす一瞬の動作への、とてもこまやかなまなざしがある。同時にそのまなざしに作者自身の繊細さを思う。「うつむく」という言葉には、ひとが内界から外界に出てゆくときのほんのわずかな不安やためらい、そんなニュアンスも感じられる。
一首全体としては「傘」、「あかるき」、「街」というa音が明るく、また内容としても雪にあかるんだ街に出てゆくという明るさをもつ。けれどそうであるがゆえに「一瞬」のi音が刺さり、かすかな翳りあるいは痛みを生むように思う。
 
50首のなかに「雨」あるいは「雪」、「花」、「ひかり」というはかなくて美しいものが何度も出てくる。けれどそれが単なる美しいイメージに終わらないのは作者のどこまでも繊細でたしかなまなざしがあるからだ。そしてその詠いぶりには徹底した美意識と、一度読んだら忘れられないような韻律の美しさがある。それらがあいまってときに痛々しいまでのかなしみを呼び起こすのだ。

好きな歌を挙げればきりがないのだけれど、そのなかから次の五首を。

きらきらと波をはこんでゐた川がひかりを落とし橋をくぐりぬ
蛇口からほそい光を出しながらあなたは肺のくるしさを言ふ
白鷺をつばさは漕いでゆきたりきあなたの死に間に合わざりき(死:しに)
雨はふる、降りながら降る 生きながら生きるやりかたを教へてください
営みのあひまあひまに咲くことのうつくしかりき夕ぐれは花