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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

塔9月号月集より

一首鑑賞

おとついもきのうも雨で今日やっとカンナのそばに涙ながせり
/江戸雪「塔」2016年9月号 

おとついもきのうも感情を、たぶん負の感情をやりどころのないままに押し殺すようにしてやり過ごした。そうするしかなかった。雨で、とあるがそれはなにか象徴としての雨であろうか。そして今日やっとその感情をしずかに解き放つのである。カンナというつよい花に見守られるようにして。
 

わが知らぬ雨の静かに降りいたり夜は甍を遠く光らせ
/永田淳「塔」2016年9月号 

主体のいる場所からは雨は見えない。夜、遠く光る甍がそこに音もなく降る雨を顕在化させるのである。〈夜〉が〈甍を遠く光らせ〉るのだと、夜を擬人化させたことが夜のスケール感を描きだしているように思う。うつくしい一首。
 

撫でたら死んでしまふ気がして黒犬はそのまま死にきドクダミ咲くころ
/河野美砂子「塔」2016年9月号

撫でてやりたい気持ちはやまやま、けれどここで撫でてしまったら愛しいこの犬は安心してそのまま目を閉じてしまうかもしれない、そんな心の葛藤。文体にややねじれがあるのだがそれが主体のやりどころない心のありようをなまなまと伝える。
梅雨どきほの昏い場所に群生するドクダミの花のイメージが主体のしずかにして深いかなしみに寄り添う。
 

君が君のためだけに笑ふ小さき声ひさびさに聞く夜の机辺に
/澤村斉美「塔」2016年9月号

(塔紙面上の永田和宏さんの評がすばらしいのでぜひそちらを。)
 

風つよき日に子が拾いたる木片が白いタオルに包まれてあり
/花山周子「塔」2016年9月号

この一首にただようそこはかとないせつなさはなんだろう。拾った木片がタオルに包まれている。詠まれていることはそれだけなのに、ドラマがある。〈風つよき日に〉〈白いタオルに〉が役割を果たしているのだろう。そこにはわが子を(わが子の痛みを)そっと見守る母の視線がある。