欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

〈野の花〉

オフェーリアながれ、アネモネ手を離れ水辺のような部屋を歩みぬ
野の花を束ねいたりし手のちからゆるみてもなお言葉はのこる
永田紅『北部キャンパスの日々』 

『北部キャンパスの日々』は日付のある歌として『歌壇』に一年間連載された作品がまとめられた歌集であり、掲出歌は12月19日「テートギャラリー」とタイトルがつけられた連作の一部である。作者はこのときイギリスを訪れている。
テートギャラリーといえばロンドンにある国立美術館。そのなかでもジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』は有名である。
一首目、オフィーリアが水に浮かび、アネモネがその手を離れていく、そのような水辺の絵を眺めながら作者自身、水を打ったように静まり返るその展示室を水辺を歩くような心持ちで歩いてゆく。オフィーリアとアネモネと自分の動きが並列に表現されていることで作者がその絵のなかに没入している感じがうかがえる。(ただ、アネモネは絵のなかの花のことであればケシではないだろうか。)
二首目、オフィーリアが手にしていた野の花にはそれぞれ花言葉が秘められている。スミレは純潔、ケシは死、ヒナギクは無邪気、パンジーはかなわぬ愛、というように。「手のちからゆるみてもなお」という部分が平仮名にひらかれていることは若きオフィーリアの純真、それゆえの無力を示すようである。オフィーリアが死し、その手に握られていた野の花がその手から放たれても、オフィーリアが命を賭して伝えたかったであろう言葉はその絵をみるものの前につきつけられている。
いずれも心理的、時間的重みを感じさせ、しずかなかなしみを湛えた歌である。