読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

〈若き日〉

疾風にみどりみだるれ若き日はやすらかに過ぐ思ひゐしより 
/大辻隆弘『水廊』

〈冬の日のみぎはに立てば too late,It's too late とささやく波は〉という歌に惹かれて『水廊』を手に取った。繊細でうつくしく叙情あふれる歌が並ぶそのなかで、掲載歌がいかにも作者らしい歌なのかどうかはよくわからない。けれど読み返すたびにこの歌が心に残るのである。
季節は初夏、あたりであろうか。いま作者の目の前を吹き過ぎる疾風に木々のみどりははげしく戦ぐ。そのなかに立ち作者は思う。若き日は思っていたよりもやすらかに過ぎる、と。裏返してみれば、あんなにも思い悩み過ごした若き日よりも、これから生きゆく日々のほうがずっと厳しい道のりになるだろうという思いがそこにはある。
「若き日」とはいえこのとき作者は28歳。まだまだ若さのなかにいる。「疾風にみどりみだるれ」とはそんな若さゆえの葛藤そのもの、でもあるだろう。みずからの人生に真向かってゆこうとする作者の、しずかにそして清潔に燃える覚悟がみえるような一首である。