欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

一首鑑賞〈ナツツバキ〉

ナツツバキ遅れてごめんと駈けよれば約束なんかしてないと言う

/小川ちとせ『箱庭の空』

ちょうどこの時期、白くうつくしい花を咲かせる夏椿。夏椿は別名を沙羅ともいい、朝ひらき夕方には落花してしまうその儚さでも知られている。

この歌の主体にはそんな夏椿の儚さに対する心寄せがある。けれどその儚さを惜しもうと惜しむまいと、花はただひたすらにその生を全うするだけである。その着眼にとりたてて新しさはないかもしれない。けれど、夏椿と言葉をかわすというかたちで一首を成立させたところにおもしろさがある。下句の「約束なんかしてない」という言い捨てるような台詞は、夏椿の凛とした潔さをかろやかにあらわしている。ひとが生きるということはこの夏椿のように潔くいられる場面ばかりではないけれど、だからこそ主体にはそんな潔さに対する憧れの感情があるのだろう。