塔4月号作品2より
ひとの眼はおほきな光しか見ない 刃はしづかに夜に研ぐべし
/小田桐夕「塔」2017年4月号
ぞくりとするような凄みがある。刃をしずかに研ぐ姿に、他人に左右されないつよさと揺るがない自負からなる作者を垣間見るようである。みずからを磨き、やがては「おほきな光」になろうとする意志もそこにはあるのかもしれない。
手に持ったパンが腕より長いこと抱きしめてはくれないのだパンは
/鈴木晴香「塔」2017年4月号
バゲットを抱えている。太さといい長さといい、ひとの腕のようだ。そう思ったときにふいにさびしさがこみあげてきたのだろう。下の句の昂ぶりがせつない。
うみたての卵をひとつエプロンのポケットの中に忘れてしまう
/高原さやか「塔」2017年4月号
うみたての卵、あるいはうみたての卵のように小さく、あたたかく、壊れやすいなにかを、とりあえず、としまったまま忘れてしまう。一首のなかには、日常生活のなかで何気なくとりこぼしていってしまうささやかなものへの哀惜がある。
思い出すときにあなたとその奥に降るぼたん雪、いつまでも冬
/川上まなみ「塔」2017年4月号
春はすぐそこにみえつつ降るぼたん雪。ふたりの時間はきっと、このぼたん雪の記憶の冬に永遠に留まりつづけるのだろう。
都会的抒情はたとえば屋上であらたな階段に出会うこと
水差しが傾くような礼をしてしずかなるバスに乗りゆくきみは
/石松佳「塔」2017年4月号
一首目、都会的抒情が作者のなかでまだ見ぬ屋上の階段のイメージにつながっていく。屋上や階段という場所をひとつのイメージとして読者にさしだすことにより、そこにさわやかな風が吹くようであり、またドラマを想像させる。
二首目、上句の喩がはかなくもきよらかでうつくしい。そしてそれゆえにそこはかとないせつなさがただよう。