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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

塔2月号作品2より②

一首鑑賞

夢のなかの金魚はレプリカわれら姉妹幼く餌をちらしてゐたり

/千村久仁子「塔」2017年2月号 

亡くなられた妹さんをたびたび詠まれる作者。この歌も妹を思う心が見せた夢だったのだろう。夢であるということ、まして金魚がレプリカであることに言いようのないさびしさがにじむ。

 

大空より鳥籠のごときを被さるる一と月ありぬ脱出できず

/松原あけみ「塔」2017年2月号 

八方ふさがりのような心持ちにじっと過ごしたひと月のこと、その閉塞感を喩える上句が魅力的。その景を想像するとうつくしくも暴力的である。

 

笑顔には魔除けの意味があるという埴輪の中のひそやかな闇

/高松紗都子「塔」2017年2月号

魔除けの意味をもたせて笑顔に作られた埴輪。そこには笑顔に作ることを求められた、それなりの理由があったはずであり、それは言ってみれば埴輪が内在的に抱える闇でもあるのだろう。そう言われてみると一見単純な埴輪の表情がとても複雑なものに思えてくる。

 

微睡みを知るように咲く花もあり、ジョルジュ・ルオーと意味もなく言う

/石松佳「塔」2017年2月号

明確に意味をとることはできないけれど、惹かれている。「微睡みを知るように咲く」のだという花のどこか気だるげな、どこか官能的なイメージ。そしてジョルジュ・ルオーと「意味もなく」言う、その感じ。両者は一見無関係に思われるけれど、もしかしたらどこかでゆるやかに結びついているのではないかと思える、その微妙な感じ。

 

にくむべき相手のいない冬である映画館にていねむりすれば

/安田茜「塔」2017年2月号 

映画館でいねむりをするというのは、ある意味贅沢な時間の使い方である。そういう時間を過ごしてあらためて自分の心を見つめてみると、自分の心を乱すものは他人ではないのだと気づく。そうして主体の意識はより研ぎ澄まされつつ、自己へと向かっていくのかもしれない。 

 

我を抱く人ゐなければ眼を閉ぢて世界に抱きとらるるを待つ(抱き:いだき)

/加茂直樹「塔」2017年2月号

さみしさの感じ方(なんて単純な言い方でよいのかとは思うけれど)、その対処の仕方の、スケールの大きさがいいなと思う。わたしもそんなふうに眼を閉じてみよう、と。