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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

塔11月号作品2より②

階段をゆっくりおりる母の背にごめんと何度つぶやけばいい

/西之原正明「塔 」2016年11月号

親孝行をしたいけれど思うようにいかない。面と向かっては素直になれず、母の背に向かってごめんとつぶやく。今日もまた。小言を言わない母の、ちいさな、寡黙な背に。

 

死のことを思へば地獄の文字にゐる犬一匹と時に出会へり

/永山凌平「塔 」2016年11月号

死について考える。おのずと地獄へと思考が広がっていく。地獄、と思うときふと地獄の文字のなかに犬がいることに気がつく。どうしてここに犬が...?主体はその犬のなかに孤独を見ただろうか。それとも...。死を詠いながらどこかユーモアもある一首。

 

妹のもうゐない世のはつなつの〈のぞみ〉へひらり身をうつしたり

/千村久仁子「塔 」2016年11月号

この世にもう妹はいないということ、季節は確実に移りかわり、みずからの現身だけがここにこうして残されているということ。それはもう十分わかっているけれどどこかでまだ受け入れられていない。「妹のもうゐない世」と言葉にすることで自分を納得させようとするかのようである。また、「ひらり身をうつしたり」はどこか浮遊感のある言いぶり。新幹線という非日常的な乗り物に乗ることで、あるいは妹の御霊の近くに行かれるのではないか...などとどこかで思ったりするのだろうか。

 

百日紅ふきだして夏、熱帯夜うすい背びれをひるがえしたり

/山名聡美「塔 」2016年11月号

百日紅が「ふきだ」すという把握が「熱帯夜」という言葉とともに一首の熱量となり微かに不気味さも漂わす。その熱量のなかで「うすい背びれ」にひやりとした感覚をおぼえる。誰の背びれ...?魚?それとも「私」?いずれにしてもどこか官能的である。

 

海風に海が混じっていることを誰も気付いていないバス停

/鈴木晴香「塔 」2016年11月号

海風には海の湿度や海の匂い、海そのものが混じっている。けれどそれはそう感受するものにしか感受されないささやかな気づき。いまこのバス停に並んでいる自分以外の人々はそれぞれになにかに気持ちをとらわれて気づいていないだろう。それがすこしさびしくもあり、世間との微かなずれを感じてしまうのかもしれない。