欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

一首鑑賞〈孔〉

コンパスの銀を立たしめ女児は円の数だけ孔を穿ちぬ(女児:おみなご)
/沼尻つた子『ウォータープルーフ』 

この歌にはじめて出会ったのは塔誌だっただろうか。この歌が醸しだす不思議な魅力にとりつかれたのをおぼえている。
白紙にコンパスを立てていくつも円を描いてゆく少女。コンパスで描かれた円の数だけ増えてゆく孔。よく見知っているはずのコンパスの孔が、なにか言葉では言いあらわせないような存在感をもって目の前に迫ってくる。この孔をなにかとても不思議な、魅惑的な、あるいはどこか怖ろし気なものとしてみているであろう作中主体のまなざしと、わたしのまなざしが重なっていくような感覚におちいるのである。
それと同時に、コンパスの銀=作者、そして円は作者がこの世に根を下ろし、生きて、母として娘として娘としてあるいはそのどれでもないひとりの人間としていくつも描いてゆく円……そんな気もしてくる。そう思うときコンパスによって穿たれる孔はかすかな痛みをともなって浮きあがってくる。この世に生きることそれ自体の痛みを思わせて。それはこの一首が、この歌集のなかにおさめられたことにもよるだろう。みずからの生を真摯に生きる作者像を歌集全体から感じながらこの一首に出会うとき、ただこの一首にふれるだけとはちがう深みをもつ。
そしてこの歌集のあとがきにある「短歌を詠んでいると自分と自分以外、内と外を隔てる膜のようなものが、限りなく透けてゆく、と感じるのです。」という言葉をいまあらためてかみしめている。