欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

一首鑑賞〈あざみ〉

さみしいときみは言はない誰のことも揺れるあざみとしか見てゐない
/山田航『さよならバグ・チルドレン』 

この一首がなぜか心に残っている。このなかには息苦しいくらいの諦念と、その一方で覚悟のようなものがただよう。それはきみのものでもあり、作中主体のものでもあるだろう。
揺れるあざみ、それは繰り返される生命の営みの象徴であろうか。咲いて、枯れて、散って、そしてまた芽吹いて。この世の中における人と人とのまじわりもまたそのようなものと言えるだろうか。永遠に続くものなど存在しないし、かといって一度の別れにより永遠にその関係性が失われるものでもないのかもしれない。
だから「きみ」はさみしいと言わないのだ。おそらくそのさみしさは十分すぎるほど知っていて、けれどそれがこの世の摂理であるということもまた十分すぎるほど知っている。だからこそさみしいと言わないのだ、と思う。
そしてそういう「きみ」に異議を述べることなく、ただしずかに、せつなさとともに見守る主体のまなざしがある。