欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

塔7月号月集より②

ルリユールと声に出だして言うときの湿りをはつか手渡している
/永田淳『塔』2016年7月号 

ルリユールとは、フランス語で「綴じ直す人」という意味である。そこにはおのずと本に対する愛しみが感じられる言葉である。
そのような言葉を声に出していうときの、なんともいえない感慨をそっと手渡すのだという。相手もまたその感慨を理解する人であるという確信があってこそ、作者はその繊細な感覚を手渡そうとするのだろう。
 

水としてあるいは影としてわれは吾子の視界を横切つて行く
/澤村斉美 『塔』2016年7月号

生まれたばかりの赤ちゃんはまだものの輪郭をはっきりと認識することができない。赤ちゃんの目に映る母親はあたかも水の塊のようでもあり、影のようでもある。
けれどこの一首はそのことにとどまらず、子どもにとって親との関係はかりそめのもの、やがては離れていくものであることをも示唆しているように思われる。そう思うとき「横切つて行く」がせつなく響く。
 

緻密ともちがう細部の表現がトトロを走らせトトロを眠らす
永田紅『塔』2016年7月号

ものごとは緻密につめていけばすべてを把握できるかといえばそういうものではなく、緻密さとは違う次元の、感性の細やかさ、繊細さ、そのゆたかな襞のようなものにしかとらえられないものがある。トトロの世界を存在させうるのはまさしくそういう部分。