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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

〈一つの花の名前〉

一首鑑賞 藪内亮輔

ゆみづのやうに言葉をつかいそれでゐて一つの花の名前がいへない
/藪内亮輔「心酔していないなら海を見るな」『率』10号

人は言葉を用いてみずからの感情を伝えることができる。それでも、それにもかかわらず、言葉の力というものは有限で、その限界に直面してはしばしば絶望する。もっとも伝えたい心の深部はそうたやすくは言葉にはならないものである。「ゆみづ」と平仮名にひらかれていることによりなにか言葉への無力感が漂うようであり、「それでゐて」という転換にはしずかな怒りや苛立ちを感じる。
「一つの花の名前」とはどう読めばよいだろうか。言葉にしたいと切実に思っているにもかかわらず口にしようとすれば自分のなにかが躊躇させてしまう、あるいは嘘になってしまう、そんな言葉であるかもしれないし、もっとシリアスなことをいっているのかもしれない。
掲出歌の語り口は一見抽象的であるようでいて、読み手はああこの感覚わかる....という思いを呼び起こされるだろう。あくまで詩的でうつくしい表現に昇華させながらみごとに真理を突いている、そんなふうに思う一首である。