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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

〈椅子〉

一脚の椅子半ばまで埋もれて今日砂原は切なき凶器
/三井修『砂の詩学』 

この歌は作者がペルシャ湾に浮かぶ島国バハレーンに五年間在住していたときのものである。
作者の生活は砂漠、すなわち砂とともにある。まったく異なる風土に生まれ育ち生きてきた作者がひとりの生活者としてその砂に接するとき、その砂のおおいなる力に圧倒され、ときに魅せられ、ときにうんざりしたこともあっただろう。そしておそれを抱いたことだろう。
そのようななかにこの歌はある。この日、砂漠は一脚の椅子の半ばまでを埋めてしまうような砂嵐であったのだろう。一度砂漠が荒れはじめたら人間は為す術をもたない。おさまるまでじっと待つしかない。
「一脚の椅子」とは、人の命の象徴とみてよいだろうか。それはこの砂の世界に異邦人としてビジネスマンとして生き、歌壇から遠く離れたところでひとり黙々と歌を詠みつづけていた作者自身の姿であるのかもしれない。「切なき凶器」とは、砂漠にときに苦しみながらも根底ではつねに敬意にも似た感情をもちつづけた作者であったからこその切なさではなかったかと思うのである。