加藤治郎歌集『噴水塔』より
洋梨を抱えて何処をあるいてる さきにめざめたほうがさみしい
/加藤治郎『噴水塔』
洋梨の独特なフォルム、その独特な存在感が孤独を想起させる。
恋人はまだ夢の中にいるのだろうか。作者はとなりでさきに目覚めたのだろうか。まだ夜が明ける前の時間のようなしずけさがある。
さきに目覚める、それはさきに何かに気づいてしまうことでもあるだろう。さきに気づいてしまったほうがいつもさみしい。
水仙のひややかにしてまよなかのひかりのなかにあなたはひらく
水仙のほかすべて平仮名表記であること、「ひややかにして」「ひかりのなかに」「ひらく」と「ひ」の音が重なることによる効果か、どこか神秘的な雰囲気をまとう歌である。また、「ひややかにして」「まよなかの」、「ひかりのなかに」「あなたはひらく」とi音a音、i音a音というつくりがリズム感をうみだしている。
水仙の学名ナルシサスはギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来するもの。花言葉は自己愛。
真夜中のひかりとは月光であろうか。そのなかに水仙がひややかに息づくその美しさはそのままあなたの美しさなのだろう。