〈影〉
狂ふとは狂ふおのれを知らぬこと 白壁に吾が影の伸びゆく
/楠誓英『青昏抄』
どきりとする歌である。
歌集には繰り返し繰り返し影とひかりがうたわれる。震災で大切な家族を失った心の傷、その翳りがいつも見え隠れしている。
そんななかにこの歌はある。
心の傷は癒されることなく、ときに自分を狂わせるのではないかと思うことさえある。狂ってしまえればすこしは楽になれるかもしれないなどと思いつつ、それでも狂うことなくここにこうしている。それとももしかしてすこしずつ狂いはじめているのか。いや、狂っているかもしれぬなどという意識があるうちはそうとはいえないのだろう、などと自問自答はつづく。白壁に伸びる自分の影にみずからの深淵を覗きみる思いでいるのだろう。