欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

塔12月号作品2より②

いつまでの暑さであらう贄のごとき影をわたしは街路へおとす /千村久仁子「塔」2016年12月号 日射しを遮るものはなにもない日盛りの道にたったひとりで立っている。日傘をさすこともなくつよい日射しに灼かれるままに。「贄のごとき」という喩にそんな白昼…

塔12月号作品2より

夏だけに流れる川があることを告げてふしぎを君と分けあう /高松紗都子「塔」2016年12月号 「ふしぎを君と分けあう」というフレーズ、そしてその不思議がたとえ知らないままでもさしさわりのないような、そういう類いの不思議であることがこの一首のやわら…

塔12月号作品1より

父と子を隔てる硝子のようなものわれは磨きて夏を過ごせり /橋本恵美「塔」2016年12月号 夫であり父である人とおそらく思春期のわが子との間にある「硝子のような」距離。傍からはわからなくても妻であり母である主体には痛いほどわかる。けれど直接的には…

一首鑑賞〈窓〉

でもきみの背後にいつも窓はあり咲いているその花の名は何 /錦見映理子『ガーデニア・ガーデン』 恋人の背後にいつもあるという「窓」からみえるその「花」は、恋人の心のなかにある欲望や憧れの象徴だろう。その花は主体からは見えない。もしかしたら見た…

一首鑑賞〈表情〉

降りる時うしなう表情よ そののちにバスはゆきたり風をうみつつ /坂井ユリ「花器の欠片が散らばるごとく」『羽根と根』5号 バスのなかで主体は誰かと話をしていたのだろうか。一首の雰囲気にはどこかさみしげな雰囲気が漂う。表情をうしなうとは意識してあ…

一首鑑賞〈渇く〉

皮膚すこしあざみに破り冬の野の生きて渇けるなかへ入りゆく /小原奈実「錫の光」『穀物』第3号 この歌に不思議なほど心惹かれてしまう。 まず、上句において「腕」や「指」ではなく「皮膚」というところまで接近して描写することのなまなましさ。また「破…

塔11月号若葉集より

繰り返すことにも飽きて何らかのリボンを結えない長さに裁った /多田なの「塔」2016年11月号 よくも悪くも繰り返しにあふれる日常へのささやかな抵抗として、ふたたび結うことのかなわぬ長さにリボンを裁つという行為。どうにもならないことへの苛立ちと痛…

塔11月号作品2より②

階段をゆっくりおりる母の背にごめんと何度つぶやけばいい /西之原正明「塔 」2016年11月号 親孝行をしたいけれど思うようにいかない。面と向かっては素直になれず、母の背に向かってごめんとつぶやく。今日もまた。小言を言わない母の、ちいさな、寡黙な背…

塔11月号作品2より

しくしくと泣く子を連れた炎天にさみしい声の河童に出会う /高原さやか「塔 」2016年11月号 しくしくと泣く子とふたりとぼとぼ歩く昼の道に、主体は途方もないさみしさを感じたのだろう。河童は想像上の生き物であるが、実は主体そのものであったのかもしれ…

塔11月号月集より

涓滴のごとしといへど炎天の砂地にそそぐみづといへども /真中朋久「塔」2016年11月号 「いへど」「いへども」という二度の言いさしが印象的。たとえそれがしずくのようなものであっても、乾いた砂地を潤すものであっても、それだけではない水というものの…

『66(ロクロク)』より

草のはら深くゆかむとをさなごは靴を脱ぎをり鳥になるとて /高木佳子「銀芒」『66』 ひろいひろい草原のなかに子どもといるとき、この子、もしかしたらふっとこの中に紛れて消えてしまうんじゃないだろうかと、そんな思いになることがある。それが小さな…

一首鑑賞〈孔〉

コンパスの銀を立たしめ女児は円の数だけ孔を穿ちぬ(女児:おみなご)/沼尻つた子『ウォータープルーフ』 この歌にはじめて出会ったのは塔誌だっただろうか。この歌が醸しだす不思議な魅力にとりつかれたのをおぼえている。白紙にコンパスを立てていくつも…

一首鑑賞〈あざみ〉

さみしいときみは言はない誰のことも揺れるあざみとしか見てゐない/山田航『さよならバグ・チルドレン』 この一首がなぜか心に残っている。このなかには息苦しいくらいの諦念と、その一方で覚悟のようなものがただよう。それはきみのものでもあり、作中主体…

塔9月号作品一首評に

塔9月号作品一首評にとりあげていただきました。 眸のふちにひかり溜めこみ姪三歳 望むと否とにかかわらず、姉(眸:め) /中田明子「塔」2016年7月号 この一首の不思議な雰囲気は、一字分のスペースを挟んで、上句と下句の対照的な言葉遣いからきている。…

塔9月号山下洋選歌欄評に

塔9月号山下選歌欄評にとりあげていただきました。 けむる春だれもが遠く つややかな檸檬の輪切りを口にふくめり /中田明子「塔」2016年7月号 春の季節感がよく表れている一首である。「誰もが遠く」という主体の把握は、輪切りの檸檬を口にふくむというさ…

塔8月号百葉集に

塔8月号百葉集にとりあげていただきました。 画家は終わりをみていただろう絵の青の奥へ奥へと鳥のはばたく /中田明子「塔」2016年8月号 絵に描かれているのは、鳥が飛んでいる途中の空間だけである。しかし、画家の目は、鳥がどこへ飛び去っていくかを見…

塔5月号選歌後記に

塔5月号選歌後記にとりあげていただきました。 館内にあがなう葉書のその貌に絵に見たる翳写りておらず /中田明子「塔」2016年5月号) 即物的に解せば、美術館と撮影のライティングの違い、ということになる。ただ、そうではない。写真はあくまで写真であ…

〈水位〉

教会に入ったことは三度ある 川の水位は日ごとに戻る/安田茜「weather」『かんざし』創刊号 作中主体はどんな状況下で教会に入ったのであろうか。これまでに三度だけ、ということはクリスチャンではないけれど、ということだろう。単に地元のあるいは旅先で…

塔9月号月集より

おとついもきのうも雨で今日やっとカンナのそばに涙ながせり/江戸雪「塔」2016年9月号 おとついもきのうも感情を、たぶん負の感情をやりどころのないままに押し殺すようにしてやり過ごした。そうするしかなかった。雨で、とあるがそれはなにか象徴としての…

塔7月号月集より②

ルリユールと声に出だして言うときの湿りをはつか手渡している/永田淳『塔』2016年7月号 ルリユールとは、フランス語で「綴じ直す人」という意味である。そこにはおのずと本に対する愛しみが感じられる言葉である。そのような言葉を声に出していうときの、…

塔7月号月集より

山桜の遠き乳色そこに行くことのできぬを去年も思いき(去年:こぞ)見たような、何も見なかった気もしつつ今年の桜過ぎてゆきたり/吉川宏志「塔」2016年7月号 忙しい日々のあわいに思いをはせる遠き山桜。去年も見に行きたいと思いつつ行けなかった、そし…

〈一つの花の名前〉

ゆみづのやうに言葉をつかいそれでゐて一つの花の名前がいへない/藪内亮輔「心酔していないなら海を見るな」『率』10号 人は言葉を用いてみずからの感情を伝えることができる。それでも、それにもかかわらず、言葉の力というものは有限で、その限界に直面し…

〈膝に咲く〉

会いに行こうと思ったことはあるけれどそのたび膝に芙蓉が咲いて /佐々木朔「夏の日記」『一月一日』vol.3 会いに行こうと思わないわけではなく会いに行こうと思ったことはある。一度ならず何度も。けれどそのたびに膝に芙蓉が咲くのだという。芙蓉とはちょ…

〈眼窩〉

街は今日なにをかなしむ眼球なき眼窩のやうな窓々を開き /稲葉京子『ガラスの檻』 〈われを包むガラス如き隔絶よこのさびしさに衰へゆかむ〉にみるように、この歌集には作者の生きて負う深いかなしみが一貫して流れている。それは〈まことうすき折ふしを織…

〈白木蓮〉

両岸をつなぎとめいる橋渡りそのどちらにも白木蓮が散る(白木蓮:はくれん) /永田紅『日輪』 これは作者が大学受験を終え浪人生活をはじめた頃の歌である。まず目をひくのは、橋とは両岸をつなぎとめているものである、という把握である。歌集には〈対岸…

〈ためらい〉

門をたたけ‥‥‥しかし私ははるかなるためらいののち落葉を乱す/永田紅『日輪』 これは「骨が好き」という題の一連におかれる相聞歌である。「門を叩け、さらば開かれん」というマタイの福音書の一節を思わせるこの初句に、作者はみずからを鼓舞する。恋を一…

塔5月号花山多佳子選歌欄評に

塔5月号の花山多佳子選歌欄評にとりあげていただきました。 一通のメイル打ちつつきざしくる遠きいたみよ夜は明けゆく/ 中田明子(塔2016年3月号掲載) 「遠きいたみ」はどのようなものだろう。 この歌からそれを読み解くことは困難だ。しかし夜明け前に打…

〈野の花〉

オフェーリアながれ、アネモネ手を離れ水辺のような部屋を歩みぬ野の花を束ねいたりし手のちからゆるみてもなお言葉はのこる/永田紅『北部キャンパスの日々』 『北部キャンパスの日々』は日付のある歌として『歌壇』に一年間連載された作品がまとめられた歌…

大森静佳歌集『てのひらを燃やす』より

触れることは届くことではないのだがてのひらに蛾を移して遊ぶ/大森静佳『てのひらを燃やす』 触れること、それはすなわち届くことではない。たとえ誰かに(あるいはなにかに)触れたとしてもそのものの心に、深部に届いたことにはならない。理解したことに…

〈水平線〉

ほんとうは存在しないものとして水平線ははっきりみえる/池田行謙『たどりつけない地平線』 〈追いかけてもたどり着けない地平線きみから好きと告げられたくて〉歌集のタイトルにもなっているこの歌の地平線はきみを想う気持ちのあてどなさと重なってゆくイ…