欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

一首鑑賞

〈目守る〉

月明にひとが透けゆくくるしみを目守らば朝まなこ炎えなむ(朝:あした・炎:も)/水原紫苑『びあんか』 水原紫苑さんの歌は端正で格調高くときに難解だ。けれど時空をも越えてしまうようなスケールの大きい世界観がそこにはある。わからないながらも惹かれ…

〈風のかたち〉

ああそうだルドンの花だ十三のわたしが見ていた風のかたちは/久野はすみ『シネマ・ルナティック』 この歌にはじめて出会ったときの衝撃は今もわすれられない。どこか懐かしく、やさしく、五感のすべてに触れてくるような、そんな風がわたしを吹き抜けたのだ…

〈傘〉

いつも傘に雨はあふれて正しいといふ言葉の中のかなしみを遣る/河野美砂子『ゼクエンツ』 〈正しさ〉って何だろうとよく思う。それは一見絶対的なもののようにも思えるけれど、本当の〈正しさ〉とは人それぞれの中にあるものだろうと思う。他人の〈正しさ〉…

〈椅子〉

一脚の椅子半ばまで埋もれて今日砂原は切なき凶器/三井修『砂の詩学』 この歌は作者がペルシャ湾に浮かぶ島国バハレーンに五年間在住していたときのものである。作者の生活は砂漠、すなわち砂とともにある。まったく異なる風土に生まれ育ち生きてきた作者が…

〈若き日〉

疾風にみどりみだるれ若き日はやすらかに過ぐ思ひゐしより /大辻隆弘『水廊』 〈冬の日のみぎはに立てば too late,It's too late とささやく波は〉という歌に惹かれて『水廊』を手に取った。繊細でうつくしく叙情あふれる歌が並ぶそのなかで、掲載歌がいか…

加藤治郎歌集『噴水塔』より

洋梨を抱えて何処をあるいてる さきにめざめたほうがさみしい/加藤治郎『噴水塔』 洋梨の独特なフォルム、その独特な存在感が孤独を想起させる。恋人はまだ夢の中にいるのだろうか。作者はとなりでさきに目覚めたのだろうか。まだ夜が明ける前の時間のよう…

〈垂直〉

蝶が来て花に双翅たたみたり垂直は水平よりもさびしい /三井修『海図』 垂直は水平よりもさびしい。感覚的かつ観念的な把握ではあるのだが、なぜだかわかる気がする。わかる気がしながらもそれを言葉で説明するのはなかなか難しい。ふと浮かんできたひとつ…

〈影〉

狂ふとは狂ふおのれを知らぬこと 白壁に吾が影の伸びゆく/楠誓英『青昏抄』 どきりとする歌である。歌集には繰り返し繰り返し影とひかりがうたわれる。震災で大切な家族を失った心の傷、その翳りがいつも見え隠れしている。そんななかにこの歌はある。心の…

飯田綾乃「微笑みに似る」より

そこだけが雪原の夢 プロジェクタの前にあかるく埃は舞つて/飯田彩乃 第27回歌壇賞受賞作「微笑みに似る」 誰でも一度は目にしたことのある光景だろう。プロジェクタを点灯させるとひかりに埃が浮かびあがり、なんともいえない幻想的な感じがするのだが、そ…

藪内亮輔「花と雨」より

傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく/藪内亮輔 第58回角川短歌賞受賞作「花と雨」 言われてみればたしかにひとは傘の先を下に向けて、それと同時にみずからもすこしうつむいて傘をひらく。上句にはひとが傘をさす一瞬の動作への、とても…

〈こゑ〉

こゑはその喉ふるはする息の音みつみつとわが冬を湿らす/横山未来子『水をひらく手』 その声の持ち主は心寄せる人だろう。声はその人の息、その人の命そのもの。声の温もりが、そしてその人の存在そのものが、まるで雪に息を吹きかければとけて滴になるよう…

〈指ししめす〉

球根をうめたる場所を指ししめすやうにはじめてこころ伝つ/横山未来子『樹下のひとりの眠りのために』 歌集を読んでまず目をひくのは比喩をつかう歌の多さとその美しさだ。この歌もそのうちのひとつ。これは心寄せる人にはじめてその想いを伝える場面であろ…

千種創一歌集『砂丘律』より

悲しみの後に、かなしい、という発話 知らない町の川が映った/千種創一『砂丘律』 知らない町の川を映すのはテレビか映画か。言葉は感情を後追いするもの。悲しみという感情を感情として認知し、さらにそれを言葉に置き換えるまでにはタイムラグが生じる。…

江戸雪歌集『昼の夢の終わり』より

うとうとと夜空の窓を見ていた日ひとの身体は縫えるのだと知り/江戸雪『昼の夢の終わり』 あとがきを読むと作者は大きな手術をしたという。歌集には〈この夏は鈍感になろうこの夏がすぎたらひとつ臓器を喪くす〉という歌もある。この歌はその手術を終えたば…