欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。

一首鑑賞

塔11月号より

ひとつはしらふたつはしらとかぞへつつじふさんぼんをつりおろしたり /真中朋久 p5 「はしら」とは、神や位牌、遺骨などをかぞえる単位。数字のみが具体として提示され、事実のみが描かれながら、平仮名にひらかれた文体がその行為の意味をかみしめるかのよ…

水原紫苑歌集『びあんか』より

鳥たちは遊びのやうに北を指しわれにちひさき骰子残れり (骰子:ダイス) 「遊びのやうに」といわれて際立つのは、鳥たちが北をめざすのは本能にしたがうからであって、けして遊びなどではないということ。にもかかわらず、それは遊びのようにかろやかで、…

永井陽子歌集『ふしぎな楽器』より

人去りて闇に遊ばす十指より彌勒は垂らす泥のごときを 仏像に造詣のふかい作者。彌勒といえば、貴い存在としてみることが多いけれど、作者は人のいなくなった闇のなかで十指より泥を垂らす姿を想像します。では、「泥」の意味するものとは、、、。彌勒という…

塔9月号より

根こそぎになりて倒れてゆくときにみづならの樹は川を渡りぬ /小林幸子 P5 地崩れで倒れてしまったミズナラの樹。すこやかに根をはり立っているときには、たとえ望んでもけして渡ることかなわなかった川を、根こそぎになって、もうどうしようもない姿になっ…

塔8月号より

くるしさをくるしさで堰きとめたって孔雀の首には虹色がある /大森静佳 p59 孔雀のほそくながい首、あるいはその首から搾りだされるような、あの悲しげな鳴き声のイメージと相まって、くるしさをくるしさで堰きとめるということ、その作者の苦しさを、体感…

第8回塔短歌会賞受賞作「灰色の花」より

第8回塔短歌会賞受賞作、白水ま衣さんの「灰色の花」。画家二コラ・ド・スタールを連作の主題に置き、彼の絵、そして彼の内面にまでふかく迫りながら、同時にスタールに惹かれる作者自身のなかに息づく心理、自身の哲学のようなものまでもが表現された、と…

塔7月号より

さざなみが君の水面を覆いゆく銀色の笛を深く沈めて /松村正直 p6 君が内面に深く沈めるのだという「銀の笛」が印象的。銀という色、笛という存在の硬質な感じが、そのひとの内面の、核のようなものを思わせます。そしてそれは深く沈めて、たやすく誰かに触…

塔6月号より

さようならはここにとどまるために言う ハクモクレンの立ち尽くす道 /江戸雪 P5 「さようなら」は、離れゆくひとに向かっていう言葉であると同時に、自分はここにとどまるのだということをみずからに再認識させ、覚悟させるための言葉、言葉をこのようにと…

塔5月号より

冬をしまふ器のあらば幾たびも数ふる夕べ雪となりたり /溝川清久 p17 「冬をしまふ器」とは不思議な表現です。冬の日の翳りを抱え込むような、深い器などを思い浮かべます。そんな器があるならばその器を何度も数えるのだといって、静謐な雰囲気があります…

齋藤史歌集『ひたくれなゐ』より

ひきつづき、齋藤史歌集『ひたくれなゐ』の五首選を。 『ひたくれなゐ』は史67歳の刊行。『魚歌』より36年を経ています。 テーブルの均衡を信じ居らざればグラスの水の夜をきらめく 水がきらめくのは水がかすかに揺れたからなのでしょうか。平行なテーブ…

齋藤史歌集『魚歌』より

過日、齋藤史歌集『魚歌』を読む会をしました。 齋藤史の歌への言葉にはしづらいさまざまな思いはありつつ、 備忘録として、会のために用意した私の五首選を。 ちなみにこのときは不識書院の『齋藤史歌集』を読んでおり、そこからは随分多くの歌が抜けている…

塔12月号より

幾万のねむりは我を過ぎゆきて いま過ぎたのは白舟のよう /吉川宏志「塔」2017年12月号 すうっと誘われるように午睡していたのでしょうか。あるいは一瞬意識が遠のくほどの眠気だったのかもしれません。それを自分を過っていく白舟に喩えてとてもうつくしい…

塔11月号より

みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて /梶原さい子「塔」2017年11月号 手漕ぎボートでゆく湖の、その水に主体のまなざしはあります。オールで漕ぐその動作はたしかに水面をめくるよう。水そのものに肉迫して描写する下句にもリアル…

塔10月号より

うたた寝のうちにひとつめもう過ぎてふたつめの湖きらきらと在る /小川ちとせ「塔」2017年10月号 ゆったりとした韻律、「ひとつめ」「ふたつめ」のリフレイン、平仮名にひらかれたやわらかい文体、それらが相まってうたた寝からさめようとするときのぼんや…

一首鑑賞〈一尾の魚〉

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき /葛原妙子『葡萄木立』 葛原妙子の有名なこの一首は、「たちまち水のおもて合はさりき」という新しいものの見方を提示したいわゆる発見の歌として読まれることが多いように思う。河野裕子は「言葉…

塔7月号作品2より②

喋るときひとの唇ばかり見る娘は弦のように座りて /石松佳「塔」2017年7月号 そのまなざしは、話す主体を射すくめてしまうほどまっすぐなのでしょう。「弦のように」という喩が魅力的で、繊細な感情をはりつめるようにして見つめる娘の姿が浮かんできます。…

塔7月号作品2より

何げなくドアを開けたら満開といふくらがりのさくらさくら /福田恭子「塔」2017年7月号 昼間にも気がつかぬままに、何げなくドアをあけたらくらがりのなかに桜が満開だったという、どことなく不思議でどことなく不穏な感じのする一首です。おそらく実景であ…

塔7月号月集・作品1より

つぎつぎに羽ばたくごとき音のして梅雨の駅から人は去りゆく /吉川宏志「塔」2017年7月号 梅雨の日の駅、人々が雨脚をたしかめ手元に傘をひらき駅を出てゆくほんのつかの間、雨、いやですね、とでもいうような気持ちのなかに互いに心をかすかにかよわす一瞬…

一首鑑賞〈アップルパイ〉

歩きつつアップルパイを食べているpost-truthの時代の中で /廣野翔一「浚渫」 一読してなにより印象的なのは、たたみかけるように重ねられる「あ」音のあかるさである。このあかるさは単純なあかるさではない。どこか作りものめいた雰囲気がある。なぜだろ…

一首鑑賞〈ナツツバキ〉

ナツツバキ遅れてごめんと駈けよれば約束なんかしてないと言う /小川ちとせ『箱庭の空』 ちょうどこの時期、白くうつくしい花を咲かせる夏椿。夏椿は別名を沙羅ともいい、朝ひらき夕方には落花してしまうその儚さでも知られている。 この歌の主体にはそんな…

塔5月号作品1より

細部を詠めという声つよく押しのけて逢おうよ春のひかりの橋に /大森静佳「塔」2017年5月号 詠むために細部に目を向けることを今はあえて拒み、もっと感情のままに本能のままにあろうとする、高らかな宣言のような一首である。その心にあるのは、短歌に対す…

塔5月号月集より

子の口のなにがさびしいゾウの耳キリンの角を交互に噛んで /澤村斉美「塔」2017年5月号 小さなわが子がぬいぐるみのゾウの耳、キリンの角を噛んでいる。おそらく母に見られているという意識はなくただその行為を繰り返している。その姿を外側から見ていると…

塔4月号若葉集より

口元のマフラーを少し湿らせて昨日のわたしを追い越してゆく /魚谷真梨子「塔」2017年4月号 ふかぶかと巻いたマフラーを吐く息に湿らせながら、主体はなにかを考えている。あるいはなにかを決意しようとている。そうして昨日の自分を乗り越え、昨日の自分よ…

塔4月号作品2より

ひとの眼はおほきな光しか見ない 刃はしづかに夜に研ぐべし /小田桐夕「塔」2017年4月号 ぞくりとするような凄みがある。刃をしずかに研ぐ姿に、他人に左右されないつよさと揺るがない自負からなる作者を垣間見るようである。みずからを磨き、やがては「お…

塔4月号作品1より

とりあへず、と前置きすること多くなるあなたと暮らし始めた冬は /田中律子「塔」2017年4月号 ふたりで暮らしはじめたことによりあらたに必要となるもの、そのひとつひとつに十分ではないけれどさしあたって困らないように対処していくのだろう。いずれもっ…

塔4月号月集より

白梅は見にゆかぬまま 読まざりしページのように日々の過ぎゆく /吉川宏志「塔」2017年4月号 読まなかったページとは、気にしつつ、その存在を意識しつつ、それでもなんらかの理由により読まなかった、読めなかったページであり、気にかけつつ見に行かなか…

一首鑑賞〈青いながぐつ〉

雪の中とりのこされた靴がある子どものための青いながぐつ /安田茜「default 」 雪のなかにとりのこされた青い長靴は、たとえば雪をみればうれしくてあとさきも考えず飛び出していった幼さそのもののように、あるいはそんな子を案じつつ見守る親心ように、…

葛原妙子歌集『葡萄木立』より

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき 水面にぐぐっと接近した、的確にして無駄のない景の把握。そしてそれにより、魚が跳ねた、というだけにとどまらない雰囲気が醸しだされる。 「この歌は、ことばが発見する景の新鮮さという点におい…

葛原妙子歌集『原牛』より

あやまちて切りしロザリオ轉がりし玉のひとつひとつ皆薔薇 ロザリオの糸が切れて手元から転がっていくいくつもの珠が、薔薇の花へと姿を変える、そのさまが美しく目に浮かぶ。ロザリオは聖母マリアへの祈りの場面で身につけるものであり、薔薇は聖母マリアの…

塔2月号若葉集より

泣いている理由は言わず人型を満たせるように子の育ちゆく /八木佐織「塔」2017年2月号 思春期の子だろう。感情の襞をどんどん増やしつつ、けれど言葉数の少なくなるこの時期の子どもというのはまさしくこんな感じなのだろう。巧みな比喩だと思う。 たけな…