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欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。〈西窓の欅の右へと日没の場所の移りて春が近づく〉

〈青いながぐつ〉

雪の中とりのこされた靴がある子どものための青いながぐつ /安田茜「default 」 雪のなかにとりのこされた青い長靴は、たとえば雪をみればうれしくてあとさきも考えず飛び出していった幼さそのもののように、あるいはそんな子を案じつつ見守る親心ように、…

葛原妙子歌集『葡萄木立』より

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき 水面にぐぐっと接近した、的確にして無駄のない景の把握。そしてそれにより、魚が跳ねた、というだけにとどまらない雰囲気が醸しだされる。 「この歌は、ことばが発見する景の新鮮さという点におい…

葛原妙子歌集『原牛』より

あやまちて切りしロザリオ轉がりし玉のひとつひとつ皆薔薇 ロザリオの糸が切れて手元から転がっていくいくつもの珠が、薔薇の花へと姿を変える、そのさまが美しく目に浮かぶ。ロザリオは聖母マリアへの祈りの場面で身につけるものであり、薔薇は聖母マリアの…

塔2月号若葉集より

泣いている理由は言わず人型を満たせるように子の育ちゆく /八木佐織「塔」2017年2月号 思春期の子だろう。感情の襞をどんどん増やしつつ、けれど言葉数の少なくなるこの時期の子どもというのはまさしくこんな感じなのだろう。巧みな比喩だと思う。 たけな…

塔2月号作品2より②

夢のなかの金魚はレプリカわれら姉妹幼く餌をちらしてゐたり /千村久仁子「塔」2017年2月号 亡くなられた妹さんをたびたび詠まれる作者。この歌も妹を思う心が見せた夢だったのだろう。夢であるということ、まして金魚がレプリカであることに言いようのない…

塔2月号作品2より

夫の引く線うつくしく交わればすべて機械は線から生まれる /吉田典「塔」2017年2月号 設計図に描かれる線だろう。精密に描かれた設計図は、それ自体ひとつの芸術作品のようである。それが夫の手になるものであれば、それはなお一層うつくしく感じるのだろう…

塔2月号作品1より

ゆうぐれは機内にも来てたのしんだ?と友に聞かれるような寂しさ /朝井さとる「塔」2017年2月号 「たのしんだ?と友に聞かれるような寂しさ」が印象的。たのしんだ?とあらためて聞かれ、ああどうだったのだろう自分は、と振りかえるときのうっすらとした不…

塔1月号作品1より

赤色の物が机上に増えていく今年の秋は歩いてばかりで /白水麻衣「塔」2017年1月号 赤色の物...たとえば色づいた葉や木の実、あるいは...。 行く先々で手に入れたものが机の上に並べられているのだろう。歌の雰囲気はどこかさびしげで、あてどなく歩く日も…

塔1月号月集より

しなくてもいい結婚をして人は濡れてゆく草夜半の雨に /澤村斉美「塔」2017年1月号 人生にはいくつも分かれ道があって、その都度ひとつの道を選びとっていく。そうして選んだ道はけして楽しいことばかりではない。けれど酸いも甘いもすべてを引き受けて人は…

塔12月号作品2より③

秋の日はおのづと人は向ひ合ひどこかでグラス触れる音する /福田恭子「塔」2016年12月号 秋になると感じてしまう人恋しさ。「どこかで」という言葉により自分の感情から距離を置いたかたちであるが、それがかえって秋という季節のものがなしさを際立たせて…

塔12月号作品2より②

いつまでの暑さであらう贄のごとき影をわたしは街路へおとす /千村久仁子「塔」2016年12月号 日射しを遮るものはなにもない日盛りの道にたったひとりで立っている。日傘をさすこともなくつよい日射しに灼かれるままに。「贄のごとき」という喩にそんな白昼…

塔12月号作品2より

夏だけに流れる川があることを告げてふしぎを君と分けあう /高松紗都子「塔」2016年12月号 「ふしぎを君と分けあう」というフレーズ、そしてその不思議がたとえ知らないままでもさしさわりのないような、そういう類いの不思議であることがこの一首のやわら…

塔12月号作品1より

父と子を隔てる硝子のようなものわれは磨きて夏を過ごせり /橋本恵美「塔」2016年12月号 夫であり父である人とおそらく思春期のわが子との間にある「硝子のような」距離。傍からはわからなくても妻であり母である主体には痛いほどわかる。けれど直接的には…

〈窓〉

でもきみの背後にいつも窓はあり咲いているその花の名は何 /錦見映理子『ガーデニア・ガーデン』 恋人の背後にいつもあるという「窓」からみえるその「花」は、恋人の心のなかにある欲望や憧れの象徴だろう。その花は主体からは見えない。もしかしたら見た…

〈表情〉

降りる時うしなう表情よ そののちにバスはゆきたり風をうみつつ /坂井ユリ「花器の欠片が散らばるごとく」『羽根と根』5号 バスのなかで主体は誰かと話をしていたのだろうか。一首の雰囲気にはどこかさみしげな雰囲気が漂う。表情をうしなうとは意識してあ…

〈渇く〉

皮膚すこしあざみに破り冬の野の生きて渇けるなかへ入りゆく /小原奈実「錫の光」『穀物』第3号 この歌に不思議なほど心惹かれてしまう。 まず、上句において「腕」や「指」ではなく「皮膚」というところまで接近して描写することのなまなましさ。また「破…

塔11月号若葉集より

繰り返すことにも飽きて何らかのリボンを結えない長さに裁った /多田なの「塔」2016年11月号 よくも悪くも繰り返しにあふれる日常へのささやかな抵抗として、ふたたび結うことのかなわぬ長さにリボンを裁つという行為。どうにもならないことへの苛立ちと痛…

塔11月号作品2より②

階段をゆっくりおりる母の背にごめんと何度つぶやけばいい /西之原正明「塔 」2016年11月号 親孝行をしたいけれど思うようにいかない。面と向かっては素直になれず、母の背に向かってごめんとつぶやく。今日もまた。小言を言わない母の、ちいさな、寡黙な背…

塔11月号作品2より

しくしくと泣く子を連れた炎天にさみしい声の河童に出会う /高原さやか「塔 」2016年11月号 しくしくと泣く子とふたりとぼとぼ歩く昼の道に、主体は途方もないさみしさを感じたのだろう。河童は想像上の生き物であるが、実は主体そのものであったのかもしれ…

塔11月号月集より

涓滴のごとしといへど炎天の砂地にそそぐみづといへども /真中朋久「塔」2016年11月号 「いへど」「いへども」という二度の言いさしが印象的。たとえそれがしずくのようなものであっても、乾いた砂地を潤すものであっても、それだけではない水というものの…

『66(ロクロク)』より

草のはら深くゆかむとをさなごは靴を脱ぎをり鳥になるとて /高木佳子「銀芒」『66』 ひろいひろい草原のなかに子どもといるとき、この子、もしかしたらふっとこの中に紛れて消えてしまうんじゃないだろうかと、そんな思いになることがある。それが小さな…

〈孔〉

コンパスの銀を立たしめ女児は円の数だけ孔を穿ちぬ(女児:おみなご)/沼尻つた子『ウォータープルーフ』 この歌にはじめて出会ったのは塔誌だっただろうか。この歌が醸しだす不思議な魅力にとりつかれたのをおぼえている。白紙にコンパスを立てていくつも…

〈あざみ〉

さみしいときみは言はない誰のことも揺れるあざみとしか見てゐない/山田航『さよならバグ・チルドレン』 この一首がなぜか心に残っている。このなかには息苦しいくらいの諦念と、その一方で覚悟のようなものがただよう。それはきみのものでもあり、作中主体…

〈水位〉

教会に入ったことは三度ある 川の水位は日ごとに戻る/安田茜「weather」『かんざし』創刊号 作中主体はどんな状況下で教会に入ったのであろうか。これまでに三度だけ、ということはクリスチャンではないけれど、ということだろう。単に地元のあるいは旅先で…

塔9月号月集より

おとついもきのうも雨で今日やっとカンナのそばに涙ながせり/江戸雪「塔」2016年9月号 おとついもきのうも感情を、たぶん負の感情をやりどころのないままに押し殺すようにしてやり過ごした。そうするしかなかった。雨で、とあるがそれはなにか象徴としての…

塔7月号月集より②

ルリユールと声に出だして言うときの湿りをはつか手渡している/永田淳『塔』2016年7月号 ルリユールとは、フランス語で「綴じ直す人」という意味である。そこにはおのずと本に対する愛しみが感じられる言葉である。そのような言葉を声に出していうときの、…

塔7月号月集より

山桜の遠き乳色そこに行くことのできぬを去年も思いき(去年:こぞ)見たような、何も見なかった気もしつつ今年の桜過ぎてゆきたり/吉川宏志「塔」2016年7月号 忙しい日々のあわいに思いをはせる遠き山桜。去年も見に行きたいと思いつつ行けなかった、そし…

〈一つの花の名前〉

ゆみづのやうに言葉をつかいそれでゐて一つの花の名前がいへない/藪内亮輔「心酔していないなら海を見るな」『率』10号 人は言葉を用いてみずからの感情を伝えることができる。それでも、それにもかかわらず、言葉の力というものは有限で、その限界に直面し…

〈膝に咲く〉

会いに行こうと思ったことはあるけれどそのたび膝に芙蓉が咲いて /佐々木朔「夏の日記」『一月一日』vol.3 会いに行こうと思わないわけではなく会いに行こうと思ったことはある。一度ならず何度も。けれどそのたびに膝に芙蓉が咲くのだという。芙蓉とはちょ…

〈眼窩〉

街は今日なにをかなしむ眼球なき眼窩のやうな窓々を開き /稲葉京子『ガラスの檻』 〈われを包むガラス如き隔絶よこのさびしさに衰へゆかむ〉にみるように、この歌集には作者の生きて負う深いかなしみが一貫して流れている。それは〈まことうすき折ふしを織…

〈白木蓮〉

両岸をつなぎとめいる橋渡りそのどちらにも白木蓮が散る(白木蓮:はくれん) /永田紅『日輪』 これは作者が大学受験を終え浪人生活をはじめた頃の歌である。まず目をひくのは、橋とは両岸をつなぎとめているものである、という把握である。歌集には〈対岸…

〈ためらい〉

門をたたけ‥‥‥しかし私ははるかなるためらいののち落葉を乱す/永田紅『日輪』 これは「骨が好き」という題の一連におかれる相聞歌である。「門を叩け、さらば開かれん」というマタイの福音書の一節を思わせるこの初句に、作者はみずからを鼓舞する。恋を一…

〈野の花〉

オフェーリアながれ、アネモネ手を離れ水辺のような部屋を歩みぬ野の花を束ねいたりし手のちからゆるみてもなお言葉はのこる/永田紅『北部キャンパスの日々』 『北部キャンパスの日々』は日付のある歌として『歌壇』に一年間連載された作品がまとめられた歌…

大森静佳歌集『てのひらを燃やす』より

触れることは届くことではないのだがてのひらに蛾を移して遊ぶ/大森静佳『てのひらを燃やす』 触れること、それはすなわち届くことではない。たとえ誰かに(あるいはなにかに)触れたとしてもそのものの心に、深部に届いたことにはならない。理解したことに…

〈水平線〉

ほんとうは存在しないものとして水平線ははっきりみえる/池田行謙『たどりつけない地平線』 〈追いかけてもたどり着けない地平線きみから好きと告げられたくて〉歌集のタイトルにもなっているこの歌の地平線はきみを想う気持ちのあてどなさと重なってゆくイ…

〈バス〉

生きいそぐことからすこし外れてく気がしてバスの中ほどに立つ/坂井ユリ「梢、また表情を変えない冬」『京大短歌』22号 生きいそぐ、とはかならずしもいい意味でつかわれる言葉ではないが、この上句には生きいそぐことから外れていくことへの不安感、焦燥感…

〈手紙〉

読みかけの手紙のように置いてある脱がれたままの形にシャツは/安田茜「twig 」『京大短歌』22号 場面としては夕方あるいは夜、恋人が自分の部屋にやってきて、いかにも無防備にシャツを脱ぎ捨てているのだろう。そのシャツを作者は「読みかけの手紙のよう…

〈声〉

ユトレヒト、ときみが言う声わが裡の焚き火の穂先すこし揺らして /大森静佳「金色の泥」『京大短歌』22号 ユトレヒト、という異国情緒あるうつくしい名詞にまず引きこまれる。ユトレヒトとは中世の街並みと運河のうつくしいオランダの都市である。ユトレヒ…

澤村斉美歌集『gally(ガレー)』より

光つてゐたあれは川ではなく心だと下流の川が教へてくれる/澤村斉美『 gally(ガレー)』 光ってみえていたのは作者のいる場所よりもずっと上流のほうであろうか。そこから川はこんこんと流れてくる。そして作者の目の前の川面はもっとくすんだ色をしていた…

〈目守る〉

月明にひとが透けゆくくるしみを目守らば朝まなこ炎えなむ(朝:あした・炎:も)/水原紫苑『びあんか』 水原紫苑さんの歌は端正で格調高くときに難解だ。けれど時空をも越えてしまうようなスケールの大きい世界観がそこにはある。わからないながらも惹かれ…

〈風のかたち〉

ああそうだルドンの花だ十三のわたしが見ていた風のかたちは/久野はすみ『シネマ・ルナティック』 この歌にはじめて出会ったときの衝撃は今もわすれられない。どこか懐かしく、やさしく、五感のすべてに触れてくるような、そんな風がわたしを吹き抜けたのだ…

〈傘〉

いつも傘に雨はあふれて正しいといふ言葉の中のかなしみを遣る/河野美砂子『ゼクエンツ』 〈正しさ〉って何だろうとよく思う。それは一見絶対的なもののようにも思えるけれど、本当の〈正しさ〉とは人それぞれの中にあるものだろうと思う。他人の〈正しさ〉…

〈椅子〉

一脚の椅子半ばまで埋もれて今日砂原は切なき凶器/三井修『砂の詩学』 この歌は作者がペルシャ湾に浮かぶ島国バハレーンに五年間在住していたときのものである。作者の生活は砂漠、すなわち砂とともにある。まったく異なる風土に生まれ育ち生きてきた作者が…

〈若き日〉

疾風にみどりみだるれ若き日はやすらかに過ぐ思ひゐしより /大辻隆弘『水廊』 〈冬の日のみぎはに立てば too late,It's too late とささやく波は〉という歌に惹かれて『水廊』を手に取った。繊細でうつくしく叙情あふれる歌が並ぶそのなかで、掲載歌がいか…

加藤治郎歌集『噴水塔』より

洋梨を抱えて何処をあるいてる さきにめざめたほうがさみしい/加藤治郎『噴水塔』 洋梨の独特なフォルム、その独特な存在感が孤独を想起させる。恋人はまだ夢の中にいるのだろうか。作者はとなりでさきに目覚めたのだろうか。まだ夜が明ける前の時間のよう…

〈垂直〉

蝶が来て花に双翅たたみたり垂直は水平よりもさびしい /三井修『海図』 垂直は水平よりもさびしい。感覚的かつ観念的な把握ではあるのだが、なぜだかわかる気がする。わかる気がしながらもそれを言葉で説明するのはなかなか難しい。ふと浮かんできたひとつ…

〈影〉

狂ふとは狂ふおのれを知らぬこと 白壁に吾が影の伸びゆく/楠誓英『青昏抄』 どきりとする歌である。歌集には繰り返し繰り返し影とひかりがうたわれる。震災で大切な家族を失った心の傷、その翳りがいつも見え隠れしている。そんななかにこの歌はある。心の…

飯田綾乃「微笑みに似る」より

そこだけが雪原の夢 プロジェクタの前にあかるく埃は舞つて/飯田彩乃 第27回歌壇賞受賞作「微笑みに似る」 誰でも一度は目にしたことのある光景だろう。プロジェクタを点灯させるとひかりに埃が浮かびあがり、なんともいえない幻想的な感じがするのだが、そ…

藪内亮輔「花と雨」より

傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく/藪内亮輔 第58回角川短歌賞受賞作「花と雨」 言われてみればたしかにひとは傘の先を下に向けて、それと同時にみずからもすこしうつむいて傘をひらく。上句にはひとが傘をさす一瞬の動作への、とても…

〈こゑ〉

こゑはその喉ふるはする息の音みつみつとわが冬を湿らす/横山未来子『水をひらく手』 その声の持ち主は心寄せる人だろう。声はその人の息、その人の命そのもの。声の温もりが、そしてその人の存在そのものが、まるで雪に息を吹きかければとけて滴になるよう…