欅のみえる家から

中田明子(なかた あきこ)のブログ。心に響く短歌の備忘録。塔短歌会。

永井陽子歌集『ふしぎな楽器』より

人去りて闇に遊ばす十指より彌勒は垂らす泥のごときを 仏像に造詣のふかい作者。彌勒といえば、貴い存在としてみることが多いけれど、作者は人のいなくなった闇のなかで十指より泥を垂らす姿を想像します。では、「泥」の意味するものとは、、、。彌勒という…

塔9月号より

根こそぎになりて倒れてゆくときにみづならの樹は川を渡りぬ /小林幸子 P5 地崩れで倒れてしまったミズナラの樹。すこやかに根をはり立っているときには、たとえ望んでもけして渡ることかなわなかった川を、根こそぎになって、もうどうしようもない姿になっ…

塔8月号より

くるしさをくるしさで堰きとめたって孔雀の首には虹色がある /大森静佳 p59 孔雀のほそくながい首、あるいはその首から搾りだされるような、あの悲しげな鳴き声のイメージと相まって、くるしさをくるしさで堰きとめるということ、その作者の苦しさを、体感…

第8回塔短歌会賞受賞作「灰色の花」より

第8回塔短歌会賞受賞作、白水ま衣さんの「灰色の花」。画家二コラ・ド・スタールを連作の主題に置き、彼の絵、そして彼の内面にまでふかく迫りながら、同時にスタールに惹かれる作者自身のなかに息づく心理、自身の哲学のようなものまでもが表現された、と…

塔7月号より

さざなみが君の水面を覆いゆく銀色の笛を深く沈めて /松村正直 p6 君が内面に深く沈めるのだという「銀の笛」が印象的。銀という色、笛という存在の硬質な感じが、そのひとの内面の、核のようなものを思わせます。そしてそれは深く沈めて、たやすく誰かに触…

塔6月号より

さようならはここにとどまるために言う ハクモクレンの立ち尽くす道 /江戸雪 P5 「さようなら」は、離れゆくひとに向かっていう言葉であると同時に、自分はここにとどまるのだということをみずからに再認識させ、覚悟させるための言葉、言葉をこのようにと…

塔5月号より

冬をしまふ器のあらば幾たびも数ふる夕べ雪となりたり /溝川清久 p17 「冬をしまふ器」とは不思議な表現です。冬の日の翳りを抱え込むような、深い器などを思い浮かべます。そんな器があるならばその器を何度も数えるのだといって、静謐な雰囲気があります…

松村正直歌集『風のおとうと』

今日は松村正直さんの第四歌集『風のおとうと』を読む会に参加します。 いま、わたしのなかにあるものをここにまとめておきます。 読む会でみなさまの読みに出会えること、そしてそれによってこの歌集への思いをさらに深められるであろうことを楽しみにして…

齋藤史歌集『ひたくれなゐ』より

ひきつづき、齋藤史歌集『ひたくれなゐ』の五首選を。 『ひたくれなゐ』は史67歳の刊行。『魚歌』より36年を経ています。 テーブルの均衡を信じ居らざればグラスの水の夜をきらめく 水がきらめくのは水がかすかに揺れたからなのでしょうか。平行なテーブ…

齋藤史歌集『魚歌』より

過日、齋藤史歌集『魚歌』を読む会をしました。 齋藤史の歌への言葉にはしづらいさまざまな思いはありつつ、 備忘録として、会のために用意した私の五首選を。 ちなみにこのときは不識書院の『齋藤史歌集』を読んでおり、そこからは随分多くの歌が抜けている…

塔12月号より

幾万のねむりは我を過ぎゆきて いま過ぎたのは白舟のよう /吉川宏志「塔」2017年12月号 すうっと誘われるように午睡していたのでしょうか。あるいは一瞬意識が遠のくほどの眠気だったのかもしれません。それを自分を過っていく白舟に喩えてとてもうつくしい…

塔11月号より

みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて /梶原さい子「塔」2017年11月号 手漕ぎボートでゆく湖の、その水に主体のまなざしはあります。オールで漕ぐその動作はたしかに水面をめくるよう。水そのものに肉迫して描写する下句にもリアル…

塔10月号より

うたた寝のうちにひとつめもう過ぎてふたつめの湖きらきらと在る /小川ちとせ「塔」2017年10月号 ゆったりとした韻律、「ひとつめ」「ふたつめ」のリフレイン、平仮名にひらかれたやわらかい文体、それらが相まってうたた寝からさめようとするときのぼんや…

葛原妙子歌集『朱靈』

『葡萄木立』にひきつづき『朱靈』を読みました。 『朱靈』には『葡萄木立』以後七年間の、715首に及ぶ作品が収められています。 ◆見えすぎる目は遠のいて 雁を食せばかりかりと雁のこゑ毀れる雁はきこえるものを 水の音つねにきこゆる小卓に恍惚として乾…

葛原妙子随筆集『孤宴』より

私のもっとも好ましい歌のあり方を述べるならば、私は歌うことで訴える相手をもたないということである。故に歌は帰するところ私の独語に過ぎない。ただ独語するためには精選したもっともてきとうなことばが選ばれなければならないのである。 こうして私は、…

一首鑑賞〈一尾の魚〉

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき /葛原妙子『葡萄木立』 葛原妙子の有名なこの一首は、「たちまち水のおもて合はさりき」という新しいものの見方を提示したいわゆる発見の歌として読まれることが多いように思う。河野裕子は「言葉…

塔7月号作品2より②

喋るときひとの唇ばかり見る娘は弦のように座りて /石松佳「塔」2017年7月号 そのまなざしは、話す主体を射すくめてしまうほどまっすぐなのでしょう。「弦のように」という喩が魅力的で、繊細な感情をはりつめるようにして見つめる娘の姿が浮かんできます。…

塔7月号作品2より

何げなくドアを開けたら満開といふくらがりのさくらさくら /福田恭子「塔」2017年7月号 昼間にも気がつかぬままに、何げなくドアをあけたらくらがりのなかに桜が満開だったという、どことなく不思議でどことなく不穏な感じのする一首です。おそらく実景であ…

塔7月号月集・作品1より

つぎつぎに羽ばたくごとき音のして梅雨の駅から人は去りゆく /吉川宏志「塔」2017年7月号 梅雨の日の駅、人々が雨脚をたしかめ手元に傘をひらき駅を出てゆくほんのつかの間、雨、いやですね、とでもいうような気持ちのなかに互いに心をかすかにかよわす一瞬…

葛原妙子歌集『葡萄木立』

このところ葛原妙子歌集『葡萄木立』を読んでいました。次第に葛原妙子の世界に夢中になっていくのを感じながら読みました。(旧字は代用しています) ◆二つのものの生の相似を掴む比喩 あゆみきて戸口に鈍き海見えし猫は月光のやうにとどまる 飲食ののちに…

一首鑑賞〈アップルパイ〉

歩きつつアップルパイを食べているpost-truthの時代の中で /廣野翔一「浚渫」 一読してなにより印象的なのは、たたみかけるように重ねられる「あ」音のあかるさである。このあかるさは単純なあかるさではない。どこか作りものめいた雰囲気がある。なぜだろ…

塔5月号作品一首評より

いつまでをここにとどまるわたしだろう風が芒を逆立てて、秋 /中田明子「塔」2017年3月号 秋が深まると芒の穂は逆立てたように膨らみ、いっそう白くなる。いつの間にか春も、そして夏も通り過ぎて、今はもう秋。風が冷たい。それなのに私はまだこんなところ…

一首鑑賞〈ナツツバキ〉

ナツツバキ遅れてごめんと駈けよれば約束なんかしてないと言う /小川ちとせ『箱庭の空』 ちょうどこの時期、白くうつくしい花を咲かせる夏椿。夏椿は別名を沙羅ともいい、朝ひらき夕方には落花してしまうその儚さでも知られている。 この歌の主体にはそんな…

塔5月号作品2より

呼び方を変える過程で消えてゆくものはなんだろう呼ぶ声がする /紫野春「塔」2017年5月号 この膝をあふれてしまいそうなほど猫のからだのゆるんでおりぬ /田村穂隆「塔」2017年5月号 うつすらと眠ると言ひしわが乙女わたしの耳に言葉とねむる /千村久仁子…

塔5月号作品1より

細部を詠めという声つよく押しのけて逢おうよ春のひかりの橋に /大森静佳「塔」2017年5月号 詠むために細部に目を向けることを今はあえて拒み、もっと感情のままに本能のままにあろうとする、高らかな宣言のような一首である。その心にあるのは、短歌に対す…

塔5月号月集より

子の口のなにがさびしいゾウの耳キリンの角を交互に噛んで /澤村斉美「塔」2017年5月号 小さなわが子がぬいぐるみのゾウの耳、キリンの角を噛んでいる。おそらく母に見られているという意識はなくただその行為を繰り返している。その姿を外側から見ていると…

塔4月号若葉集より

口元のマフラーを少し湿らせて昨日のわたしを追い越してゆく /魚谷真梨子「塔」2017年4月号 ふかぶかと巻いたマフラーを吐く息に湿らせながら、主体はなにかを考えている。あるいはなにかを決意しようとている。そうして昨日の自分を乗り越え、昨日の自分よ…

塔4月号作品2より

ひとの眼はおほきな光しか見ない 刃はしづかに夜に研ぐべし /小田桐夕「塔」2017年4月号 ぞくりとするような凄みがある。刃をしずかに研ぐ姿に、他人に左右されないつよさと揺るがない自負からなる作者を垣間見るようである。みずからを磨き、やがては「お…

塔4月号作品1より

とりあへず、と前置きすること多くなるあなたと暮らし始めた冬は /田中律子「塔」2017年4月号 ふたりで暮らしはじめたことによりあらたに必要となるもの、そのひとつひとつに十分ではないけれどさしあたって困らないように対処していくのだろう。いずれもっ…

塔4月号月集より

白梅は見にゆかぬまま 読まざりしページのように日々の過ぎゆく /吉川宏志「塔」2017年4月号 読まなかったページとは、気にしつつ、その存在を意識しつつ、それでもなんらかの理由により読まなかった、読めなかったページであり、気にかけつつ見に行かなか…